連載「日中企業による海外製品商標権侵害史」②:中国を舞台とした日本企業による商標権の侵害

先願主義の商標法

商標法には先使用主義せんしようしゅぎ先願主義せんがんしゅぎ先登録主義せんとうろくしゅぎ)の二種の原則に基づくものがあります。

先使用主義とは、ある商標を先に使用していた、つまり(常識的に考えれば)その商標を生み出した者に商標権があるとする考え方です。

一方、先願主義とは、商標をいち早く登録した者に商標権があるとする考え方です。つまり、他人の商標を盗用した者でも、商標登録の申請で先を行けば商標権を手に入れることができます。

特に問題となるのは、国を跨いだ商標登録のケースです。商標登録は国ごとに行われるので、海外進出をするべく商標を出願したら、すでにその国で自分の商標が登録されていて他人が権利を得ていた、ということが起こり得ます。

日中企業間の商標問題

日本の家電製品や、お米や果物等の農産物の銘柄、さらにはブランドとなり得る地名や人名がすでに中国で商標登録されていた、なんてニュースを見聞きしたことはないでしょうか。そう、現在の中国の商標法は先願主義に基づきます。

有名なのは、株式会社良品計画のブランド「無印良品」の例でしょうか。「高口康太:無印良品もハメられた、中国の「商標ビジネス」の恐ろしい実態(マネー現代)」に詳しいので、参考としてください。

ちなみに日本の商標法も先願主義です。最近は中国発のブランドも増えてきましたが、逆に日本において何者かが中国企業に先んじて商標登録を済ませているという例も出てきているそうです。

特許庁の審査官が気付けば、こうした「悪意のある商標出願」は却下されますが、審査官の調査にも限界があります。また、中国における「悪意のある商標出願」のターゲットとなっているのは、海外企業に限らず中国国内の有名企業も同様です。中国においても、「悪意のある商標出願」を防ぐための法整備が進んでいます。

さて、憤りを伴い報じられることも多い、中国における商標権をめぐる日本企業とのトラブルですが、先願主義の商標法の抜け穴を駆使して、海外製品を模造する手法を編み出したのは100年以上前の日本企業でした。

リーバ・ブラザーズ社のサンライト石鹸

19世紀末、現在のユニリーバの前身企業の一つ、イギリスのリーバ・ブラザーズ(Lever Brothers)社は “Sunlight soap” という世界的人気商品を製造販売していました。日本語に直訳すれば、「日光石鹸」ですね。

しかし、リーバ・ブラザーズ社は、日本で石鹸を販売する際、「日光」の商標を使用できませんでした。なぜなら、当時より英米の商標法は先使用主義に基づくものでしたが、日本の商標法は先願主義に基づくものだったからです。

日本では、外国人による商標登録が認められる前年の1896年、 “Iida” なる人物が “Nikko(日光) Sekken” の商標権を得ていました。駐日英国大使より日本外務大臣宛の英文文書に基づくために “Iida” と “Sekken” の日本語表記は定かではありません(おそらく「日光石鹸」であるだろうとは思われますが)。また、“Iida” の商標登録の意図や、実際に「日光石鹸」を販売していたのか否かも定かではありません。

「20.利華日光石鹸商標偽造ニ関スル件 附桂華日光石鹸ノ件 同五月」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091534600、商標偽造関係雑件 第三ノB巻(3.5.6.2_004)(外務省外交史料館)

“Iida” が「日光石鹸」を商標登録したのは、まだ外国人に商標登録が認められる前のことですから、リーバ・ブラザーズ社はどうしようもありませんでした。『商標公報』を見ると、「日光石鹸」の商標登録が叶わなかったリーバ・ブラザーズ社(商標公報での表記は「レヴァ、ブロザース、コンパニー)は、1897年に以下の商標を登録しています。

「英国人「ウイルキンソン」ノ主張ニ係ル炭酸泉名義専用差止一件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091564500、英国人「ウイルキンソン」ノ主張ニ係ル炭酸泉名義専用差止一件(3.5.6.16)(外務省外交史料館)

リーバ・ブラザーズ社の「利華日光肥皂(リーバ日光石鹸)」

リーバ・ブラザーズ社は、同時に「利華日光肥皂」の商標とパッケージを商標登録しました。中国においてはリーバ・ブラザーズ社の石鹸は、「利華日光肥皂」として下のようなパッケージで販売されていました。

「7.模造石鹸ニ関スル件(サンライト石鹸) 大正六年八月」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091577300、商標模偽関係雑件 第一巻(3.5.6.24_001)(外務省外交史料館)

「利華」はリーバの音訳(当て字)、「肥皂フェイザオ」は石鹸の中国語です。日本では「日光石鹸」の商標を使用できなくとも、中国では「日光肥皂」の商標を使用することができたのです。

と言っても、当時の中国(清朝)にはまだ商標法が存在しませんでした。リーバ・ブラザーズ社の工場は神戸にありましたので、日本においても「利華日光肥皂」の商標を登録したのです。「日光石鹸」はすでに “Iida” により商標登録されていましたが、中国語である「日光肥皂」の商標登録はされていなかったのでしょう。

中国市場におけるリーバ・ブラザーズ社の成功

「利華日光肥皂(リーバ日光石鹸)」は中国でも人気を博しました。中国にも海外企業の商標を盗用する、つまり海外製品のパッケージをそっくりそのままコピーして、中国製の粗悪品を詰め込み販売する業者が存在しました。

中国の業者は「利華日光肥皂」の模造商品として、「日光」と誤認させるような「陽光」「白光」「中華立光」「目光」肥皂なる模造品を製造販売していました。当時、中国において英語、それどころかローマ字表記が理解できる消費者はごくごくわずかだったでしょう。漢字の識字率も決して高くはありませんでしたが、それでも比較的簡単な字面で、意味も理解しやすい「日光」の文字を冠した石鹸(肥皂)として消費者に定着していたのだと思われます。逆に言えば、見慣れない「利華」の認知度は低かったのかもしれません。

中国において「利華日光肥皂」の模造品が出回り始めた頃もなお、中国には商標法が存在しませんでした。しかし、リーバ・ブラザーズ社の訴えに応じたイギリス外交官の粘り強い交渉もあり、中国政府はリーバ・ブラザーズ社の商標を盗用・模造する中国企業を取り締まらざるを得ませんでした。つまり、中国政府の管轄下において、中国企業が「利華日光肥皂」の模造商品を販売し続けることは難しかったのです。

日本企業による「利華日光肥皂」の模造品

中国における模造品が「陽光」「白光」「立光」「目光」等であったことからも窺えるように、リーバ・ブラザーズ社は「日光」の文字が中国市場における自社製品のトレードマークであり、成功の鍵であると考えていました。

中国において「利華日光肥皂(リーバ日光石鹸)」の人気が確たるものとなりつつあった1914年、日本で「桂華日光肥皂」「蘭華日光肥皂」「進華日光肥皂」といった「〇華日光肥皂」の商標登録が日本企業によりされ始めます。そのパッケージは下のようなものでした。

「7.模造石鹸ニ関スル件(サンライト石鹸) 大正六年八月」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091577300、商標模偽関係雑件 第一巻(3.5.6.24_001)(外務省外交史料館)

リーバ・ブラザーズ社が商標権を得ていた、「利華」」や “sunlight” の文字は見られません。

ただし、先にお話ししたように、中国人消費者にとって「利華」や “sunlight” は商標を識別する上で重要ではなかったでしょう。パッケージの色合いや雰囲気、そして「日光」の文字が重要だったのです(ちなみに色合いはそっくりです。参考文献ではカラーの図版を確認することができますし、外務省外交史料館に訪れて資料を請求すれば実物を見ることができます)。

日本商標法を利用した商標権の侵害手法

先願主義の日本の商標法において、「日光」の商標権は “Iida” のものです。 “Iida” が実際には「日光石鹸」を販売していなくとも、“Iida” のものなのです。そうなると、「桂華日光肥皂」「蘭華日光肥皂」「進華日光肥皂」といった「〇華日光肥皂」を商標権侵害とするなら、「利華日光肥皂」だって “Iida” の「日光石鹸」の商標権侵害になってしまいます。

日本企業はここに目をつけて、「〇華日光肥皂」を日本において商標登録し、中国に輸出したのでしょう。

そして、中国政府は中国企業を取り締まることはできても、日本の法律で商標権を得た日本企業を取り締まることはできませんでした。日本企業による商標権侵害に対する、海外政府を通じた海外企業の訴えに応じることができない中国政府の苦悩は、次の事例にもよく表れています。

日本企業によるボーデン社のコンデンスミルクの模造

アメリカのボーデン(Borden)社は、1919年、中国市場において自社のコンデンスミルク製品の模造品が出回っていると、中国政府に訴えました。

模造品は、ボーデン社のイーグルブランドのマーク(上図)を、カラス天狗(下図)に改変したものでした。一目瞭然、日本企業の製造品です。

「2.天狗印練乳ノ商標ニ関スル件 自大正九年五月」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091579400、商標模偽関係雑件 第二巻(3.5.6.24_002)(外務省外交史料館)

中国政府は、訴えのあった模造品が日本企業製品と分かるや否や、商標権侵害に当たるか否かについては日本の裁判所の判断によるとして、介入を拒否してしまいました。中国政府は、日本企業による模造品の輸出販売に手出しをすることはできなかったのです。

官民一体での模造品の製造輸出

リーバ・ブラザーズ社の日光石鹸、ボーデン社のコンデンスミルク、いずれのケースもその黒幕は関西の貿易商でした。また、模造品の中国輸出に注力する関西の製造業者は他にも多く存在しました。

彼らは、まさしく手を替え品を替え、模造品を製造して中国に輸出しました。輸入販売を請け負う子飼いの中国商人らを通じて情報を得て、中国に流通しながら日本で商標登録されていない欧米企業製品を見つけ出すなど、その手口は多岐にわたります。ただし、共通しているのは、先願主義の日本の商標法を盾にしているということです。

英米との関係を悪化させたくない外務省は、英米企業の政府を通じた抗議に遭うたびに苦しい立場に立たされました。訴えられた日本企業の製品は、どう見ても模造品に違いないからです。 その一方、農商務省や司法省、そして日本の製造業者は、英米企業製品を日本市場、さらには中国市場から駆逐し、その市場占有率を奪うことにしか目がありませんでした。そしてその手段は、先願主義の商標法を武器に、官民一体で欧米企業の模造品を製造輸出するというものだったのです。

【参考文献】
・本野英一『盗用から模造へ 一八八〇—一九三一 ——中日英米商標権侵害紛争史』早稲田大学出版部、二〇二三年
・吉沢誠一郎「本野英一著『盗用から模造へ 一八八〇—一九三一 ——中日英米商標権侵害紛争史』(早稲田大学出版部、二〇二三年)」『法制史研究 七四』法制史学会、二〇二五年)※書評

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