連載「日中企業による海外製品商標権侵害史」①:日本企業による侵害手法

※画像はAIが生成したウィスキーボトルの商標権侵害の例です。
AIはどちらの商品がどちらの商標権を侵害しているとしてこれを生成したでしょう?

商標権侵害は中国企業の専売特許?

商標権の侵害や、商標の盗用や模造(いわゆるパクり)と言えば、「中国」を思い出す方は多いのではないでしょうか。しかし、現在問題視されることの多い中国企業による商標権の侵害、商標の盗用や模造、その手法を生み出したのは、100年以上前の日本企業でした。

日本企業による商標の盗用や模造は欧米企業製品をターゲットとし、主に中国市場において、半ば官民一体で繰り広げられました。やがて中国企業は、その盗用と模造の手法を模倣し、日本企業の商標権を侵害するようになります。

一連の記事では、現在にまで連なるとも言えるその経過を紹介します。これらの記事は、主として本野英一『盗用から模造へ 一八八〇 — 一九三一』(早稲田大学出版部、2023年)を参考としたものであることを、あらかじめお断りするとともに、その成果に深く敬意を表します。一方で、一連の記事における見解は筆者独自のものを含むものであり、全ての文責は筆者にあることもお断りしておきます。

商標と商標権

商標とは、自らが提供する商品やサービスを、他者が提供するものと区別するために使用する文字や絵柄などのことです。

スーパーやコンビニエンスストアで買い物をする時は、無意識にこの商標を見て商品を選んでいますよね。まだ食べていないのにパッケージを見ただけで美味しそうと感じるお菓子や、使ったこともないのに汚れが落ちそうと感じる洗剤は、優れた商標なのでしょう。もちろん、実際に買ってみて良いものであったならば、また同じものを買おうとします。その時も、商標を頼りに同じ商品をお店で探しますよね。

それゆえ、商標をそっくりそのまま使われたり、似たような商標を使われたりすると、元の商品を製造販売していた人は不利益を被ります。そこで他者の模造を防ぐべく、自らが生み出した(デザインした)商標を登録して「商標権」を得ます。

商標権を持つ者は、自らの商標権を侵害する者、つまり丸写しした商標や、消費者に自社製品と誤解させるような商標を用いている者に対し、商標の使用禁止や損害賠償を請求することができます。商標権の侵害者がこれに応じなければ、裁判で争うことになります。

日本における商標法

日本においては1884年に商標条例、1899年には商標法が制定されました(現在の商標法は1959年公布のものです)。

これにより、登録が済んだ商標は『商標公報』に掲載され、公示されるようになりました(現在は一部のものについてはインターネット検索により確認することもできます)。新商品を販売しようとするならば、その商品の商標が既に登録済みの誰かの商標を侵害しないか(被っていないか)確認する必要がありますね。

1897年には外国人による初めての商標登録が行われています。1905年に登録された商標のうち、18%は外国人によるものでした(現在は年に25%前後です)。

日本企業の商標権侵害に対する海外企業の訴訟

次に紹介するのは1907年に起こされた商標をめぐる訴訟です。イギリスの洋酒商ジェームズ・ブキャナンは、自らの商標権を侵害しているとして、現在のサントリーの前身企業である壽屋ことぶきやの西川定義を大阪地方裁判所に提訴しました。

外務省外交史料館所蔵史料には、両社のウイスキーのラベルが残されています。下は、ブキャナン社が日本の農商務省で登録手続きを済ませていた商標と、壽屋の商標、つまりそれぞれのウイスキーボトルに貼られていたラベルです。壽屋のものは不鮮明な部分もあるため、二種の史料(ラベル)を紹介しています。

ブキャナン社のラベル

壽屋のラベル

「分割3」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091526000、帝国商標法特許法及意匠法改正関係一件附特許意匠商標ニ関スル帝国法制 第一巻(3.5.6.1_001)(外務省外交史料館)

「2.綿糸商標偽造ノ件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091559500、支那ニ於テ本邦専用商標保護雑件(3.5.6.8)(外務省外交史料館)

壽屋のウイスキーのラベルは、ブキャナン社のウイスキーボトルの首部分と前部分に貼られたラベルとデザインや文言が類似しているように見えます。裁判の結末について述べる前に、これらを頼りに、壽屋はブキャナン社の商標権を侵害していたのか否か、検討してみましょう。

ブキャナン社のウイスキーボトルに貼られたラベル

まずは、ブキャナン社のラベルに何が書かれているのかを見てみます。

ブキャナン社のウイスキーボトルの首部分に貼られたラベルには、「王室御用達の醸造家から国王陛下と皇太子殿下へ(By Warrants of Appointment Distillers to H.M. the KING & H.R.H. the PRINCE of WALES)」とあります。

1897年、イギリス皇太子エドワード7世(1901年より国王)は、ブキャナン社に自分専用のブレンデッドウイスキーを作るよう依頼していました。首部分のラベルの文言は、この経緯を踏まえたものでしょう。

次に、ウイスキーボトルの前面に貼られていたラベルの文言を見てみましょう。「スコッチウイスキー“ブラックアンドホワイト”は下院の特選品です(SCOTCH WHISKY “BLACK&WHITE” SPECIALLY SELECTED FOR THE HOUSE OF COMMONS)」とあります。

ブキャナン社が1884年に発売した「ブキャナンズ・ブレンド(ザ・ブキャナン)」は、黒いボトルに白いラベルが貼られていたことから、「BLACK & WHITE」という愛称で親しまれていました(現行のブキャナン社の「BLACK & WHITE」は緑の瓶になっています。「ブキャナンズ ブラックアンドホワイト」の文言でweb画像検索すると、1900年代初頭当時のものとまではいかなくとも、まさしく「BLACK & WHITE」という見た目の昔の瓶とラベルが確認できます)。1885年には、下院にスコッチウイスキーを納める契約を得ています。前部分のラベルの文言は、この経緯を踏まえたものでしょう。

壽屋のウイスキーボトルに貼られたラベル

次に、1906年に壽屋が販売していたウイスキーのラベルを、ブキャナン社のものと比較しながら詳しく見てみましょう。

壽屋のウイスキーボトルの首部分に貼られたラベルには、「By Warrants of Appointment Distillers to S.N. the KING & S.N.S the PRINCE of WALES」とあります。これは、ブキャナン社のボトルの「H.M. the KING」と「H.R.H. the PRINCE of WALES」を、「S.N. the KING」と「S.N.S the PRINCE of WALES」と書き換えたのみの文言です。「H.M. the KING」と「H.R.H. the PRINCE of WALES」は、それぞれ「His Majesty the King(国王陛下)」と「His Royal Highness Prince of Wales(皇太子殿下)」の略ですが、「S.N.」と「S.N.S」になってしまっては、何のことだか意味が分かりません(おそらく西川定義のイニシャルなのでしょうが)。

次に、壽屋のラベルの文言を、ブキャナン社のウイスキーボトルの前面に貼られていたラベルと比較してみます。壽屋のものには、「SCOTCH WHISKY」の前に「OLD」の一語が付されており、「James Buchanan」の署名は「Kotobukiya Nishikawa」とされています。その他は全くの同文です。

壽屋のラベルの中央にある、帽子を被ったライオンが向かい合う絵柄は何でしょうか。外務省外交史料館所蔵史料を眺めていると、王冠を被ったライオンとユニコーンが向かい合う、壽屋のウイスキーのラベルにあるものと似たような絵柄が印刷された便箋が散見されます。そう、これはイギリスの国章です。

「1.英国殖民地在留人ノ特許出願取扱ニ関スル件/分割2」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091526600、帝国商標法特許法及意匠法改正関係一件附特許意匠商標ニ関スル帝国法制 第二巻(3.5.6.1_002)(外務省外交史料館)

「1.英国/2)酒商ヘッヂス・エンド・バットラー商会 明治三十八年四月」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091535700、外国商人ニ用達ノ称号授与雑件(3.5.6.3)(外務省外交史料館)

1900年頃に流通していたブキャナン社のブレンデッドウイスキーの瓶には、王室御用達の証としてイギリス国章が浮かび上がるエンボス加工が施されていたことが確認できます(「james buchanan whiskey」の文言でweb画像検索すると、骨董品として売買されている、イギリス国章がエンボス加工された1900年頃の瓶を見ることができます)。

壽屋のラベルがイギリスの国章を模したものであるか否かは不明です。ただし、当時の日本製品の商標にはイギリス国章やそれを模したものが用いられているものがあり、「世人ヲ欺瞞スルノ處アルモノ(世の中の人をあざむく場合があるもの)」として、イギリス政府に問題視されていたことは確かなようです。

「1.英国皇室御紋章濫用取締方在京同国大使ヨリ照会ノ件 明治四十二年一月」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091545000、専売特許商標登録関係雑件 第三巻(3.5.6.4_003)(外務省外交史料館)

以上のように、ブキャナン社と壽屋のラベルを詳しく比べて見てみると、特に壽屋のラベルに印刷された英文については、どう考えてもブキャナン社のラベルを丸写ししたとしか思えません。ただし、壽屋がこれらの英文を理解していたか否かも怪しいところです。当時の日本の消費者に向けて「下院の特選品」だとか「王室御用達」と宣伝したところで効果があったのでしょうか。

もしかすると、現在でも変な英語のTシャツを着ている日本人がいたり、変な意味の漢字や仮名文字のタトゥーを入れている外国人がいたりするように、なんとなくのデザインとして英文の文言をそのまま用いたのかもしれません。

※余談ですが、壽屋の後⾝企業の商品、サン〇リーオールドは、「ブキャナンズデラックス」の⽂⾔でweb画像検索すると出てくる、古い「ブキャナンズデラックス」の瓶とラベルにそっくりです。

商標権は侵害されていたのか? —— 裁判所の判決

さて、この記事をご覧になられているみなさんは、以上を踏まえてどう考えるでしょうか。しかし、今も昔も一般人がこれはどう見てもあの商品を丸写しした、或いは似せたデザインだろうと思ったところで、商標権の侵害を認定することはできません。裁判所の判決に従うしかないのです。

大阪地裁は、類似しているとは言えないとして無罪判決を下しました。その根拠は、壽屋のラベルは「THE HOUSE OF COMMONS」の文字と、向かい合うライオンの間にある丸の図柄が赤である、というものでした(参考文献にはカラーの図版があります。また、もちろん外務省外交史料館を訪れて史料を請求すれば実物を見ることができます)。確かに、ドラッグストアやディスカウントストアや土産物店などに並んでいる商品を見ると、現代でもこの程度の類似商品は溢れているような気もします…。

その後の控訴院(現在の高等裁判所に相当)の判決は、商標が類似していないとする地裁の判決を不適切とはしたものの、模造した証拠は不十分なので無罪というものでした。大審院(現在の最高裁判所)の判決は、ブキャナン社が登録した商標を壽屋の西川が知っていたか否かを判断できないので無罪、というものでした。

商標権は侵害されていたのか? —— 裁判外での認識

ただし、これは刑事訴訟に対する判決であり、大審院は民事訴訟であれば西川の責任は問われるべきであるとも示唆していました。また、翌1908年には特許局が西川の商標を無効としています。事実上、西川の商標は模造品であると認識されていたと言えます。

下の文書は、そうした当時の認識をさらに裏付けるものです。これは、日付が空欄となっており、記された時期、また実際に送付されたか否かについて不明ですが、農商務次官が各道府県知事と商業会議所会頭に宛てて記した文書です。

この文書の主旨は、「外国企業の商標権侵害は日本の商工業の信用を失うのみならず、国家の体面を傷つけるものである。よって、模造商標の出願に対しては厳重な審査をし、世の中の人をあざむくと認められる商標については登録を拒絶している。今後も不正行為を未然に防ぐべく注意願いたい」というものです。文書には、「模造ノ顕著ナル實例」として、次の「別紙ノ商標見本」が添えられています。

「2.綿糸商標偽造ノ件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B11091559500、支那ニ於テ本邦専用商標保護雑件(3.5.6.8)(外務省外交史料館)

「乙」は、ブキャナン社と壽屋の商標ですね。壽屋のウイスキーボトルに貼られていた商標は、「模造ノ顕著ナル實例」の一つと認識されていたのです。

官民一体での日本の策略

1899年に制定された商標法には、「他人ノ登録商標ナルコトヲ知リ」、商標を偽造模造した者を罰するとありました。

この文言は、外国企業が日本で商標登録をしたにもかかわらず、日本企業がそれを偽造模造したと訴訟しても、登録済み商標であることを知っていた証拠が不十分であれば無罪である、という判決が下される可能性を含んでいたのです。

前述の通り、あくまでも「無罪」であるのは刑事訴訟に対してであり、民事訴訟で責任を問われる可能性、特許局により商標が無効とされる可能性は存在します。しかし、刑事罰に問われないということは、模造のリスクの小ささともなり得ます。

日本政府が制定した商標法は、日本企業による西洋企業製品の商標の偽造模造を促し得るものでした。商標偽造模造を正当化する目的は、日本国内における西洋企業製品のシェアを縮小し、日本企業製品のシェアを拡大することにありました。

そして、西洋企業のシェアを奪うべく考案されたこの手法は、中国市場において西洋企業に対抗するにあたっても実践されるのです。

【参考文献】
・本野英一『盗用から模造へ 1880-1931——中日英米商標権侵害紛争史』早稲田大学出版部、2023年
・吉沢誠一郎「本野英一著『盗用から模造へ 1880-1931——中日英米商標権侵害紛争史』(早稲田大学出版部、2023年)」※書評

Coment

タイトルとURLをコピーしました